まだまだワークショップのネタで引きずるが、ランチ時間に国連エジプトの駐在調整官・駐在代表のJ氏と話をする機会があった。彼は実は私のUNDPのジュネーブ事務所時代の上司でもある。
エジプトと言えば、もう中所得層の国に入っており、中東でもかなり近代的な国として知られている。こういった国での国連の役割は紛争中・紛争後の国とは異なってくる。国連内でも人によっては「中所得層の国などからは国連は撤退すべきではないか」という議論がある。確かに国連の限られた資源を有効に生かすためには、低所得国や紛争中・紛争後の国に集中した方がいいという議論はわかる。しかし中所得層の国になったからと言って開発問題はなくなりはしない。
その代わりに異なった開発のチャレンジが出てくる。インドネシアでもそうであったが、地方間の開発格差がエジプトでは大きな問題らしく(日本でもそうだが、、、、)地方自治戦略・執行の助けが大きな国連支援の柱だと言っていた。また、人権問題、女性の権利などなど国連として推し進めていくべきイシューが山積みらしい。ビジネスでもそうで、例えばトヨタのような世界規模で大成功している大企業も環境問題などの大きな課題を抱えている。「成長」しても悩みは尽きないものだ。
2008年3月5日水曜日
戦略的国連支援
国連の様々な問題が指摘されて久しい。そのうちで最も重要な問題の一つが「戦略性」ではないだろうか。個々の国連機関のマンデートをよりどころに、様々な小規模プロジェクトが乱立するなか、限られた資金を最大限活用できるように国連全体としていったい何に集中をするべきなのかという議論が今までは希薄だった。
ピーター・ドラッカーによると、「戦略」という概念は元々軍事用語で、ここ数十年くらい前から徐々にビジネスの世界でも応用され始めたらしい。そしてこの概念が浸透するにつれて、経営方針をより「戦略的」にするための様々な戦略枠組が編み出され使われている。
いろいろ批判はされているものの、最も有名なのがマイケル・ポーターのものだろう。内部のビジネスプロセスにも範疇を広げたバリューチェーン分析も実際の会社でよくつかわれている。戦略コンサル会社のBCGも、ビジネスポートフォリオ分析の手法を編み出し、どのビジネスラインを強化すべきかを決定する枠組みを作った。
さて、この戦略性の議論は国連改革の一環として、やっと最近になって国連にも浸透してきているようだ。「国のニーズは何か、国連のマンデートは何か、他の機関が行えないことは何か、国連に実行能力はあるのか」といった、当たり前といえば当たり前だが今まで真剣な議論が行われてこなかった問題が徐々に議論されるようになっている。今回参加したワークショップもその一環。これに応じて国連でも、ビジネスで使われている「戦略枠組」が応用されるようになってきている。
今回のワークショップで、UNDPのシエラレオネで試した(以前UNDP東ティモールでも使ったことがある)戦略枠組みを紹介する機会があった。それが以下のもの。大したものではないが国連機関のプロジェクトポートフォリオを分析するには役に立つ。まず、プロジェクトのレレバンス(意義とでも訳すのか)と組織のキャパシティーを二つの軸にとり、その度合いに応じて既存のプロジェクトをマッピングする。
そして、この4象限のそれぞれに応じた対応策を導きだす。もしあるプロジェクトの意義が高いが、内部のキャパシティーにかける場合、組織強化のための投資を増加させる。もしあるプロジェクトの意義が低くなってきており、しかし内部のキャパシティーが高い場合は、アプローチを変えてプロジェクトを再定義する。などなど。そして、ポートフォリオが全体として右上の象限に位置するような対策を取る。以下のチャートを参照。

ところで日本の外交政策や開発援助方針の「戦略性」はどのように議論され、どのような「枠組み」が使われているのだろうか。関係者の方々に是非話を聞いてみたい。
ピーター・ドラッカーによると、「戦略」という概念は元々軍事用語で、ここ数十年くらい前から徐々にビジネスの世界でも応用され始めたらしい。そしてこの概念が浸透するにつれて、経営方針をより「戦略的」にするための様々な戦略枠組が編み出され使われている。
いろいろ批判はされているものの、最も有名なのがマイケル・ポーターのものだろう。内部のビジネスプロセスにも範疇を広げたバリューチェーン分析も実際の会社でよくつかわれている。戦略コンサル会社のBCGも、ビジネスポートフォリオ分析の手法を編み出し、どのビジネスラインを強化すべきかを決定する枠組みを作った。
さて、この戦略性の議論は国連改革の一環として、やっと最近になって国連にも浸透してきているようだ。「国のニーズは何か、国連のマンデートは何か、他の機関が行えないことは何か、国連に実行能力はあるのか」といった、当たり前といえば当たり前だが今まで真剣な議論が行われてこなかった問題が徐々に議論されるようになっている。今回参加したワークショップもその一環。これに応じて国連でも、ビジネスで使われている「戦略枠組」が応用されるようになってきている。
今回のワークショップで、UNDPのシエラレオネで試した(以前UNDP東ティモールでも使ったことがある)戦略枠組みを紹介する機会があった。それが以下のもの。大したものではないが国連機関のプロジェクトポートフォリオを分析するには役に立つ。まず、プロジェクトのレレバンス(意義とでも訳すのか)と組織のキャパシティーを二つの軸にとり、その度合いに応じて既存のプロジェクトをマッピングする。
そして、この4象限のそれぞれに応じた対応策を導きだす。もしあるプロジェクトの意義が高いが、内部のキャパシティーにかける場合、組織強化のための投資を増加させる。もしあるプロジェクトの意義が低くなってきており、しかし内部のキャパシティーが高い場合は、アプローチを変えてプロジェクトを再定義する。などなど。そして、ポートフォリオが全体として右上の象限に位置するような対策を取る。以下のチャートを参照。
ところで日本の外交政策や開発援助方針の「戦略性」はどのように議論され、どのような「枠組み」が使われているのだろうか。関係者の方々に是非話を聞いてみたい。
2008年3月4日火曜日
紛争中・紛争後の国における国連の役割
今週の月曜日からエジプトのカイロで国連のワークショップに参加している。国連開発グループ(UNDG)が主催するもので、紛争中・紛争後の国で国連がどのように「1つの国連」として平和構築に関する戦略的支援を行えるかを議論するというもの。イラク、アフガニスタン、リベリア、パレスチナ、ソマリア、東ティモール、スーダンなどの国から、国連駐在代表オフィスでプラニングを行っている担当官が中心に集まった。国連機関からはUNHCRとUNDPが参加している。本部からはUNDG、OCHAそしてDPKOのスタッフが参加している。合計50人ほどの中級サイズのワークショップだ。こういう会合は、各国国連代表者との情報共有は当然として、自分のモーティベーションを高めるのにもいい。国連の非効率性は様々なところで批判されているが、こういった国で働いている国連職員の士気は非常に高く、刺激を受ける。政治的、治安的な困難はあるが、やはり国連のPeace, Security and Developmentというマンデートを一番発揮できるところでもあり職員の自負もあるのだろう。
今日はワークショップの2日目。まず冒頭にイラクの国連事務総長特別副代表がイラクでのチャレンジを話してくれた。ヨルダンにいながら数千億円スケールのファンドを扱い、非常に難しい米国やイラク政府との折衝しながら行っている仕事を非常にダイナミックに話してくれた。
シエラレオネで一時一緒に働いた同僚の一人のFは今ソマリアの北部で働いているが、ワークショップの合間のコーヒーブレークに非常に生き生きとソマリアでの仕事を話してくれた。ソマリアといえば、かなり治安状況が悪く、仕事場も住居も同じ場所で厳重な警備がつねに張りめぐらされており、外にでるにも警備のエスコートが必要だというが、ダイナミックな仕事に非常に満足しているようだ。また、現在中央アフリカ共和国で平和構築基金の受け入れ準備をしている担当官ともシエラレオネでの経験を共有することができた。
ところで、今回の会合には、私以外にも、本部の平和維持局から日本人が2人来ており、日本人が合計3人参加している。ベテランUN職員の開催者は、「日本人はこういう紛争地域では今まであまり見掛けなかったが、最近非常に増えているようだね」と言っていた。日本政府が様々な制度を通じて日本人職員の増加をサポートしてきたが、徐々に結果が目に見える形で出てきているのかもしれない。2008年3月2日日曜日
カサブランカ・モロッコ
フリータウンから飛んでいる飛行機は限られている。それでもロンドンとブリュッセルへ直行の便がありヨーロッパまではあまり時間がかからない。ケニア、ガーナへはケニア航空が通っている。もうひとつはモッロッコ航空でカサブランカまで3時間半の直行便がある(出発は夜中の3時半でかなりきついが)。
今回のエジプト出張で、色々なフライトを探したが、結局カサブランカ経由にした。一番都合のよい乗継便が満席だったため、カサブランカで一泊することになった。せっかくなので少し町に出てみた。
まず感じたのは、開発の度合。比較するのもなんだが、同じアフリカ大陸にあるとはいえ、シエラレオネとは大違いだ。道路は整備されており、高速道路もある。公共のバスも走っている。組織化されたPetit Taxiと呼ばれるタクシーもたくさん走っている。街中はノキア、IBMなど大手外国企業のオフィスが並ぶ。オフショア企業経営の学校も見かけた。フランス企業のコールセンターなどを請けおっているだろうか。この国の人件費が安いとも感じなかったが、、、。(ところでシエラレオネでイギリス企業などのオフショアリングができないのだろうか、、、タイムゾーンも近いし、、)
街角にはフランスの影響を受けたカフェが並んでいる。ヨーロッパ的な建物もあり、アラブ的な建物もあり面白いバランスだ。メッカの次で世界で2番目に大きいとされるとされる宗教建築のモスク、ハッサンIIを見た。壮大なスケールの建物で、900億円ほど建設にかかったそうだ。シエラレオネの国家予算の1.5倍程だ。この国にはそれ程経済的余裕があるということか。
モロッコの食事も食べてみた。モロッコ料理の評判は聞いていた。インドネシアにいたときもお気に入りのモロッコ料理レストランがあった。しかし驚いたのはモロッコワイン。今まで実は聞いたことがなかった。イスラム教の国なので、アルコール類なあまり期待していなかったが、これが結構いける。海外に輸出できるレベルだと思うが、なぜあまり見たことがないのだろうか、、、。
それからモロッコのビールも飲んだ。カサブランカという銘柄のもので、これもおいしい。イギリスのニューカッスルエールのような味がする。
私自身、色々な国に行ったと思うが、アラブ圏はほとんど知らない。まだまだ勉強することが多い。
今回のエジプト出張で、色々なフライトを探したが、結局カサブランカ経由にした。一番都合のよい乗継便が満席だったため、カサブランカで一泊することになった。せっかくなので少し町に出てみた。
まず感じたのは、開発の度合。比較するのもなんだが、同じアフリカ大陸にあるとはいえ、シエラレオネとは大違いだ。道路は整備されており、高速道路もある。公共のバスも走っている。組織化されたPetit Taxiと呼ばれるタクシーもたくさん走っている。街中はノキア、IBMなど大手外国企業のオフィスが並ぶ。オフショア企業経営の学校も見かけた。フランス企業のコールセンターなどを請けおっているだろうか。この国の人件費が安いとも感じなかったが、、、。(ところでシエラレオネでイギリス企業などのオフショアリングができないのだろうか、、、タイムゾーンも近いし、、)
街角にはフランスの影響を受けたカフェが並んでいる。ヨーロッパ的な建物もあり、アラブ的な建物もあり面白いバランスだ。メッカの次で世界で2番目に大きいとされるとされる宗教建築のモスク、ハッサンIIを見た。壮大なスケールの建物で、900億円ほど建設にかかったそうだ。シエラレオネの国家予算の1.5倍程だ。この国にはそれ程経済的余裕があるということか。
モロッコの食事も食べてみた。モロッコ料理の評判は聞いていた。インドネシアにいたときもお気に入りのモロッコ料理レストランがあった。しかし驚いたのはモロッコワイン。今まで実は聞いたことがなかった。イスラム教の国なので、アルコール類なあまり期待していなかったが、これが結構いける。海外に輸出できるレベルだと思うが、なぜあまり見たことがないのだろうか、、、。
それからモロッコのビールも飲んだ。カサブランカという銘柄のもので、これもおいしい。イギリスのニューカッスルエールのような味がする。私自身、色々な国に行ったと思うが、アラブ圏はほとんど知らない。まだまだ勉強することが多い。
2008年2月27日水曜日
「ゴムのように柔軟」な時間の概念
日本人は時間に正確なのは有名だ。友人宅に呼ばれても時間どおりにきっちり到着する。私もこの文化で生まれ育ち、22歳に初めて海外で暮らし始めたときは、日本と国外でのこの時間の概念の違いに驚かされた。ヨーロッパでパーティーに8時に呼ばれて8時に到着する人はほとんどいない。10時ごろから人が集まり始めるのが普通だ。
さて、この日本との時間の概念に違いは、パーティーだけでなく仕事の面でも現れる。シエラレオネでは特にこの時間の概念が非常に「柔軟」だ。そういえばインドネシアもそうで、柔軟さを指して「ゴムの時間」とも言われている程だ。
今日も3時にミーティングをする合意していたにも関わらず、一番大事なメンバーがいつまでたっても現れない。電話をしてもつながらない。仕方なくミーティングを始めたが、彼がいないため、決定ができない。4時半に電話がかかってきて、「ああ、実は他のミーティングに参加することになったから」と。そのくらい電話で連絡せーよ!っと思ってしまった。しかし、これが毎日のように起こる。ミーティングの時間の使い方も無駄が非常に多い。
これが毎日いろんなところで起こると、生産性が非常に低下する。ODAをいくらつぎ込んでもこういったところでいろんなことが滞る。と、ここまで書いたが、最初にアフリカに来た直後に、こういった話を同僚としていた時、それは AWA - 'Africa Wins Again!'だといって笑い飛ばしていたことを思い出した。そういったポジティブでかつ忍耐強い対応がなければこういう仕事は成果が出せないのだろう、、、。
さて、この日本との時間の概念に違いは、パーティーだけでなく仕事の面でも現れる。シエラレオネでは特にこの時間の概念が非常に「柔軟」だ。そういえばインドネシアもそうで、柔軟さを指して「ゴムの時間」とも言われている程だ。
今日も3時にミーティングをする合意していたにも関わらず、一番大事なメンバーがいつまでたっても現れない。電話をしてもつながらない。仕方なくミーティングを始めたが、彼がいないため、決定ができない。4時半に電話がかかってきて、「ああ、実は他のミーティングに参加することになったから」と。そのくらい電話で連絡せーよ!っと思ってしまった。しかし、これが毎日のように起こる。ミーティングの時間の使い方も無駄が非常に多い。
これが毎日いろんなところで起こると、生産性が非常に低下する。ODAをいくらつぎ込んでもこういったところでいろんなことが滞る。と、ここまで書いたが、最初にアフリカに来た直後に、こういった話を同僚としていた時、それは AWA - 'Africa Wins Again!'だといって笑い飛ばしていたことを思い出した。そういったポジティブでかつ忍耐強い対応がなければこういう仕事は成果が出せないのだろう、、、。
2008年2月24日日曜日
開発プロジェクトと管理にかかる費用
最近私が気になるのが、プロジェクト予算の中での管理費の割合。この場合管理費とは、プロジェクトマネジメントに関する費用と考えていただきたい。開発援助の世界では、この管理費を必要最小限におさえ、予算の大部分がプログラムの実際の活動に使われるべきだという暗黙の了解がある。そして、管理費を最小限に抑えるということが、国際スタッフではなく、ローカルスタッフを最大限使い、かつ数も最小限に抑えるという。
しかし、どうもこの傾向が行き過ぎているような気がしている。プロジェクトの目標と達成するためには、どうしてもしっかりした管理体制が不可欠だ。ここに投資を渋ると、あとがガタガタになる。10の結果を出そうとしても、3の結果しか出ないことにもなりかねない。私自身、管理体制がガタガタのプロジェクトをいくつも見てきた。
最近視察させてもらった他のドナーのプロジェクトは規模が小さいが、5人もの国際スタッフを雇って、万全の体制を取っている。お金が援助の対象に落ちないという批判は容易に受けるだろうが、私は、管理体制の強さに関心した。管理費を削りすぎてもいけない。匙加減が大事だ。
2008年2月23日土曜日
海外出張と休暇
3月の初めから一週間、ワークショップに参加するためにエジプトのカイロに出張する。紛争中・紛争後の国で、国連全体として、どのような計画づくりをすべきか、というのがテーマ。アフガニスタン、リベリア、スーダン、イラクなどのオフィスでUNDAFなどの計画調整系の仕事をしている担当官が主に参加する。
参加者のリストを見てみると、何人も知っている名前がある。JPO時代の同期や、シエラレオネの元同僚、ジュネーブ時代の元上司などなど、UNDPも6年目にもなると、色んなところで知り合いに出くわすことが多くなる。久し振りの再会が楽しみだ。3年間エジプトで仕事をしたイタリア人の同僚によるとおいしい日本レストランや、タイレストランもあるらしい。
エジプトでの一週間の後は、モロッコで一週間の休暇を取る予定だ。中東アラブ文化圏は私自身ほとんど行ったことがないので楽しみだ。新たな発見ができるだろう。
2008年2月22日金曜日
途上国内の「知識管理」
地方分権法が2004年に制定されてから、それぞれの県がドナーの支援を受けながら様々な試みで地方分権を促進しているが、県同士で経験を共有する機会があまりない。さらに、UNDPがケネマ県で行っているプロジェクトと、JICAがカンビア県で行っているプロジェクトの目的に共通項があるのに、お互いの知識共有ができていない。いつもお世話になっているシエラレオネJICAの代表者と何となくこの二つの問題意識について話していた時に、じゃあ、レッスン共有をするワークショップができないかいう話になった。これがちょうど去年の10月頃だったと思うので、4か月後に実現したことになる。そして、ワークショップ自体も大成功に収まったと思っている。日本との電話会議を含め、何度もミーティングを行い、やっとここまでこぎつけた。関係者各位に感謝したい。
ここまで書いて、以前少し一緒に働いたUNDPの同僚が南米で行った取り組みを思い出した。南米での地方分権の経験を共有するためのワークショップを開き、大成功させたのだ。CNNで中継されるほどの一大イベントになったらしい。内容的にも、かなりよかったようだ。また、国連インドチームは、ソリューション・エクスチェンジと題したEメールベースの議論フォーラムを設け、MDGのゴールなど毎に政策議論を行い大きな成果を得ている。このような、フェイス・トゥー・フェイスとバーチャルを組み合わせた知識管理は今後も開発分野で大きな可能性を含んでいる。やはり開発援助はお金ではなく、アイデアではないだろうか。
2008年2月17日日曜日
開発援助とイノベーション
莫大な資金が日々発展途上国に流れているにも関わらず世界の貧困問題は深刻化し続けているはなぜだろうか。
その理由の1つにイノベーションの欠如があげられるだろう。民間部門で様々な技術革新が起こり、新しい商品やビジネスプロセスが次々と生まれている一方、貧困削減に対するアプローチは何十年もほとんど変わっていないように思える。 年功序列的な人事制度を含めた公共事業的カルチャーが、狭い「開発専門家」集団から出てくる「ありきたり」のアプローチの使いまわしを助長しているのではないか。
とは言え、変化の遅い開発援助の世界でも、少しずつ革新が見られる。途上国向け廉価コンピューターを使った教育プロジェクトを始めたMITやインテル、オンラインでクレジットカードをつかって一般個人から途上国の企業家にマイクロファイナンスを行う仕組みを作ったKiva.orgなど、最新の技術やアイデアを駆使して貧困問題解決に貢献する社会企業家が徐々に表れている。
とは言え、変化の遅い開発援助の世界でも、少しずつ革新が見られる。途上国向け廉価コンピューターを使った教育プロジェクトを始めたMITやインテル、オンラインでクレジットカードをつかって一般個人から途上国の企業家にマイクロファイナンスを行う仕組みを作ったKiva.orgなど、最新の技術やアイデアを駆使して貧困問題解決に貢献する社会企業家が徐々に表れている。
さて、このような起業家は国連などの大組織では生まれてこないのだろうか?インターネットブームの際、多くの優秀な人材とプロフィットがベンチャー企業にながれたことに危機感を募った大企業は、様々な仕組みでこの流れを逆転させようとした。その一例として、「社内起業家-Intrapreneur」という制度がある。これは、やる気のある起業家に対して、大企業から独立せずとも、革新的なビジネスを起業できる仕組みを提供することを指す。日本ではリクルートやミスミなどの取組が有名だ。さて、国連組織でこのような制度を確立することは可能だろうか?小規模かつアドホックにこういう仕組みが出てきているのは事実だが、これを組織カルチャーの紺本原理にまで昇華させるには難しいか、、、?
2008年2月16日土曜日
今後3年の方向性を話し合う会議
14日木曜日に、今後3年間の方向性を決める‘カントリー・プログラム・アクション・プラン’(CPAP)を議論するためのワークショップを行った。財務経済企画省の副大臣をはじめ、政府、NGO、ドナーの代表者が80人以上集った大きなイベントとなった。私はシエラレオネに赴任以来、このプロセスの内部調整にかなり時間を費やして来たので、今回のワークショップが成功したことに、かなりほっとしている。参加者からの評価もまずまずで、ひとつ山を越えたという感じ。インドネシアでも政府との調整を含めた同じCPAPのプロセスを一回経験している。国連改革ということで、ユニセフとUNFPAとも合同でCPAPのレビュー企画し、実行までこぎつけた。ここシエラレオネではまだまだ国連機関内の連携が強くなく、合同のCPAPレビューを行うにはまだ時間がかかりそうだ。
2008年2月9日土曜日
規模の拡大に伴う経営基盤強化の必要性
よって、スタッフの数も増え(必要人数には追い付いていないが、、)もっと大きいオフィスへの移転を計画している。ビーチ沿いのオフィスを見つけ、去年の半ばからデザインや、機関ごとのスペースの割り当てなどを話し合っているところだ。実は今年の初めにもう移転している予定だったが、いろいろな理由でかなり遅れている。事実、新しく加わったスタッフにスペースがもう足りなくなっており困っている。
そういった状況のなか、先日、上司がある大臣から電話を受けた。ビーチ沿いは、新政府の意向で観光用に開拓したいので、オフィスは立てないで欲しいということだった。しかし、このオフィス、ずっと前から確保し(実は安全上の理由で、別のオフィス候補をけってここに至ったという背景がある)いろいろな障害を乗り越えここまで至った。今から新しいところを探すとなると、今年中の移転は難しくなる。というわけで、この件はまだ政府と交渉が続いている。
ベンチャー会社が成功して、急激にオフィスが大きくなり、同時に、人事、オフィス管理、コミュニケーション、対外PRなど、経営上の基本を再定義しなおす必要に迫られた状況に似ている。我々も、採用し、組織構成、トレーニング、調達能力、財政資源の配分の見直しが必要となっている。ここは経営陣の能力が試されるところだ。できる限りのサポートをしたい、、、。
2008年2月8日金曜日
香港とスリランカと繋がる
今日は、2人の友人と久し振りにスカイプで話した。
一人は香港在住のRで、ウェブカメラで2人の子供も登場した。彼はイギリスと中国のハーフだが、奥さんが香港出身。中国の新年祝いでこれから花火を見に行くと言っていた。彼とは7年前に東京の同じ会社で知り合って以来仲良くしている。私と同じくらいの時期に会社に入り、同じ時期に会社を辞めた。以来投資銀行で働き、今ではマネージング・ダイレクターなる肩書きをもっている。なぜか彼とは気が合い、東京時代にはよく恵比寿あたりで飲んでいた。その後、私がインドネシアにいる時も、彼が出張でジャカルタに何度か来た。
もう一人は、スリランカ在住のAで、東ティモール時代からの友人。よく働くイタリア人で、すごく人もいい。しばらく音信不通だったが、久し振りに話せてよかった。仕事上のチャレンジやスリランカでの生活を話してくれた。ビーチがすごく綺麗らしい。ティモール時代の思い出話もした。
数年おきに途上国をぐるぐるまわる生活をしていると、こういったバーチャルでの友人ネットワークが精神衛生上不可欠だ。今日はそのことを再確認した。
一人は香港在住のRで、ウェブカメラで2人の子供も登場した。彼はイギリスと中国のハーフだが、奥さんが香港出身。中国の新年祝いでこれから花火を見に行くと言っていた。彼とは7年前に東京の同じ会社で知り合って以来仲良くしている。私と同じくらいの時期に会社に入り、同じ時期に会社を辞めた。以来投資銀行で働き、今ではマネージング・ダイレクターなる肩書きをもっている。なぜか彼とは気が合い、東京時代にはよく恵比寿あたりで飲んでいた。その後、私がインドネシアにいる時も、彼が出張でジャカルタに何度か来た。
もう一人は、スリランカ在住のAで、東ティモール時代からの友人。よく働くイタリア人で、すごく人もいい。しばらく音信不通だったが、久し振りに話せてよかった。仕事上のチャレンジやスリランカでの生活を話してくれた。ビーチがすごく綺麗らしい。ティモール時代の思い出話もした。
数年おきに途上国をぐるぐるまわる生活をしていると、こういったバーチャルでの友人ネットワークが精神衛生上不可欠だ。今日はそのことを再確認した。
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