2008年11月30日日曜日

大学時代の友人と会う

日本での休暇中、大学時代の友人数人と会った。日本の製造業T社で働くM、日本の製造業S社からある省庁に派遣されているM、IT大手Y社で法務に携わるG、省庁をヤメて外資系コンサルで働くY、郵政公社で働くF。Yはコンサルタントらしく、仕事を終えた後夜中の12時過ぎに合流してくれた。みないろいろな分野で日々頑張っているようで元気づけられる。

2008年11月29日土曜日

まだバンコク

予定では今日はもうロンドンでフリータウン行の飛行機の乗り換えというところだったが、まだ続いている反政府デモのバンコクの国際空港占拠により、飛行機がキャンセルされた。まあバンコクという非常に過ごしやすい国で立ち往生ということは、不幸中の幸いということか。今だこのデッドロックが解消していないが、政府はほかの空港を使って飛行機を飛ばし始めた。キャンセルされた私の便も、空港会社の見通しでは12月5日金曜日にリ・スケジュールされる予定だ。

とはいえ、仕事も結構たまっているので、来週の月曜日からバンコクのUNDP地域事務所のオフィスを借りてバーチャルに仕事にフルタイムで戻ることにした。多くのスタッフが常に出張に出ているため空いている席が多く、以前一緒に働いたことのある公共部門改革アドバイザーのオフィスを使わせてもらうことになっている。

ちなみに、ここバンコクでの生活はかなり快適。映画館なども、デラックスとかVIPとかいった別のサービスを選ぶと、飛行機のファーストクラスのような席で映画が見れる。日本のレストランも山ほどあるし、どんな国の料理でも大概食べることができる。100円以下でお腹いっぱいになる「屋台」のごはんもかなりレベルが高い。車の渋滞が玉に傷だが、最近できて、拡張予定のあるモノレール(?)がかなり渋滞問題を解消した模様だ。

早くこの事態が解消することを望む。

2008年11月26日水曜日

バンコクで足止めか?

今週はタイのバンコクに来ているが、現政権の交代を求める反政府グループがデモを起こして、空港を乗っ取った。えらい時に来てしまったと思うが、まあバンコク市内での様子は結構平穏。この騒ぎで、飛行機が運航を取りやめており、私も金曜日の飛行機でシエラレオネまで帰る予定だが、どうも飛行機が飛ばない可能性が大きくなってきた。まあどうにかなるだろうが、、、。

2008年11月23日日曜日

現代アメリカでのケインズ的政策

アメリカを中心とした全世界的不況に対して、オバマ次期大統領が国内の経済活性化計画を発表。2百50万人の雇用創出を狙っている。選挙中にはこの案に対しての175ビリオンドルの投資を公約したが、経済の不況で500-700ビリオンドルの投資になるかも知れないと言われているようだ。税金率の引き下げや、太陽パネル、エコカーやエナジー技術への投資と同時に、道路や橋、学校を建設・補強する事業で失業者を雇うとする。

自由経済主義とケインズ主義の議論はさておいても、この公共事業でひとをとりあえず雇おうという政策はよく途上国でも使われる。シエラレオネでも、紛争終結から6年以上たったが、未だに失業率が65%とも言われている国。その中でも、若者と定義されている15-35歳までの人口のうちの半分が仕事についていない。そして、この若者層の不満がたまると「時限爆弾」が破裂するとも言われており、公共事業と組み合わせた雇用創出が計画されている。さらに、津波の後の復興過程でも、同様のアプローチがとられ、がれきを除去すれば1日いくらあげますという事業が、短期的雇用を創出する大きな役割を担った。アフガンや東ティモールなどでも類似のプロジェクトがあった。

もちろん長期的な投資環境を整えることは重要だろうが、今なにができるかというと、こういった政策になってしまうのかもしれない。

2008年11月17日月曜日

「岩倉使節団」は今の途上国でも有効か?

開発援助に従事して以来、何かと日本の明治維新以来の発展を開発援助の文脈で考えることが多くなった。すでに当時でもかなりのレベルの経済的、政治的、社会的な発展を遂げていた日本と現在の途上国をそのまま比較はできないが、それでもいったいどうやってこれほどの成長を遂げたのかはより理解するに値するだろう。

以前、岩倉使節団についての本を読んで、団員の綿密な分析や、カルチャーショックの描写を興味深く読んだが、もう一度追体験をしたくなって、田中彰氏著の「明治維新と西洋文明:岩倉使節団は何を見たか」という本を買って読んでみた。(以前買った本がどこにいったか分からないのもある)

団員46人に加えて、留学生などの付随者を入れると100人を超える大規模な「勉強の旅」で、約2年間でアメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、ロシア、デンマーク、スウェーデン、ドイツ、イタリア、オーストリア、スイスという国々を周る。道路、鉄道、上下水道、郵便システム、港などのインフラ状況から、民主主義制度、ジャーナリズム、貿易、病院、博物館、公園、森林保護など、多岐にわたる分野を手分けして観察する。たとえば鉄道に関しては、国営がいいのか、民営がいいのか、それとも国営から民営に移行するのがいいのか、など非常に具体的な観点から観察しているのが見受けられる。さらに新聞の流通などについても、種類、流通数を正確に数字で把握している。かなりの下準備をしたと見られ、どの国でどの工場を見学するかなど緻密なプランがあったようだ。当時の状況から考えても、このような大規模な使節の派遣には大きな費用がかかったと思われるが、団員の分析の深さと、使節団の参加者がそのご様々な分野での要職を占めていることを考えると非常に良い投資だったと思われる。

さて、このような「スタディー・ツアー」は現在も開発援助でよく使われる手法だが、これほどの規模の使節団を例えばシエラレオネ政府高官を対象にするのはかなり難しいだろう。また、援助側も、受け入れ側も岩倉使節団のような国の発展を思い真摯に学ぶ切迫感・真剣さがなければ意味がないだろう。

2008年11月16日日曜日

アンガーマネジメント

今日本に休暇で帰っているが、たまたま本屋でアンガーマネジメント(怒りの抑制)という本が目に留まり、読んでみた。

この本の内容は非常に浅くがっかりしたが、感情のコントロールという問題には関心がある。私自身は、逆にあまり感情の起伏を見せなさすぎと言われることもあるが、様々な文化・生活バック・グラウンドを持つ人が働く国連では、感情の表現の仕方も千差万別。

以前 Total cost of Jerksという論文についても書いたが、やはり感情を上手く統制することは、組織を円滑に運営していく上でもなの重要だろう。

2008年11月15日土曜日

オバマの大統領選勝利がシエラレオネでどう受け止められているか

スーパーチューズデーの当日、シエラレオネ政府の知り合いや、同僚のアフリカ人たちは、どうもそわそわしていた。話を聞いてみるとオバマの勝利を相当意識して、ブラックアフリカンとして非常に興味を持っている。ケニアでのフィーバーはわかるが、ここまで浸透しているとは思わなかった。ある大臣も朝からテレビをつけっぱなしで仕事になっていなかったと聞いた。オフィスのカメルーン人上司も、今晩は徹夜で選挙を追うというほど。ブラックアフリカンというグループの結束の強さを再確認。

もし、たとえばフィリピン系のアメリカ人が大統領に選ばれるという時、同じアジア人として日本人はどれほど関心をもつのだろうかと考えてしまうが。

2008年11月11日火曜日

下流支援の時代か

私の提言プロジェクトのコミュニティー開発シリーズに関して、国連フォーラムに投稿した文を少し編集して掲載:

UNDP などの国連機関は、開発戦略枠組みがなければ援助が様々方向に向き、結局全体として、援助の効率性が低下するというロジックで、開発の「上流」、アップストリームと呼ばれる開発戦略や政策策定によく関わる。同様に、政府の能力向上、経営改善、などのガバナンスの分野で、国家が果たすべき役割を果たすことができるように支援をする。公務員の数を減らすとか、省庁間の機能的分業体制を強化するとか、汚職をなくすとかそういった類の話。

こういった「上流」の支援は、「上流」であるが故に、最終的受益者である貧困層の人々との接点が少なくなりがちだ。ロジックとしてはよく理解できても、実際にこういった上流の分野における改善が、MDGの指標に表れるような実際の社会変化に反映されるには、中央政府、地方政府のキャパシティーや財源などさまざまな要素が関係するため、MDGの指標などにすぐに反映されることはない。

一方コミュニティー開発系の「下流」、ダウンストリーム支援は、草の根レベルで最終的な受益者を直接に対象とするため、支援のもたらす結果が見えやくなる。田中氏の提言でも出てくる小規模グラントや、大久保氏の提言で出てくる耐震技術を使って再建された学校は、まさに直接人々の生活に影響を与えるもの。「ミレニアム村」などの試みも、やはり、最終受益者への結果を最適化するための試みで、近年の「上流」支援傾向をカウンターバランスするような意味もあるのではないかと解釈している。

もちろん開発援助は、上流、下流の両方が必要なわけだが、例えば同じ1億円を使うとしても、きれいにまとまった開発計画書を書きあげるのと、ある10の村で実際に飲み水を供給するのでは、どちらが援助として効果的なのかを考えてされられてしまうのも確か。

開発援助における下流支援をもっと強化すべきなのか。

2008年11月2日日曜日

シエラレオネの日本人さらに増加

昨晩、新しくユニセフのJPOとして赴任したSさんを歓迎する会がCareで働くSさんの家で催された。ここ1カ月で、さらに3人が増えたことになる。あとの二人は、以前も言及した寺子屋事業の1人(UNDP)とトニーブレアオフィスから大統領府に派遣された元コンサル・UNDPのTさん。

彼らの世界のいろいろな国で共通の知人がいたりと、この世界の狭さを再確認。

何人かはその後別のパーティーに行くと言っていたが、私は次の日の朝出勤しなければいけなかったので断念。