2008年1月13日日曜日

ビーチ

平和構築基金関係でニューヨーク本部(国連平和構築支援オフィスとUNDP)から2人のミッションが来ている。今日は日曜日。少しオフィス以外のシエラレオネを見せてあげようということで、一番きれいといわれる#2と呼ばれるビーチまで2人を連れて行ってきた。車で約1時間かかる。

偶然にもお隣さんのイタリア人の夫婦(イタリアのNGOに勤務)も、アパートの大家のレバノン人家族もビーチに来ていました。そう、シエラレオネにはあまり娯楽がありません、、、。

しばらくビーチでくつろいだ後は、そこから車で10分ほどのこれもビーチ沿いに位置する、シーフードがおいしいイタリアンレストラン、フランコでロブスターに舌鼓をうった。イタリア人経営の店でなかなかおいしい。

楽しい週末をすごした。やはりたまには外にでてリフレッシュしなければ。

2008年1月12日土曜日

国民総幸福

Gross National Happiness(国民総幸福)という言葉を聞いたことありますか? 

これは、ブータンで実際に使われているコンセプトで、国民の幸福度を測ろうというもの。以前、国の発展を経済指標だけでは測れないという認識に基づき、人間開発指標が作られたことに触れましたが、これも同じ流れ。客観的な社会経済指標だけではなく、ウェル・ビーイングという主観的視点をくわえて開発・進歩を定義し直そうというもの。よって、国民総幸福は自然に定量的ではなく定性的な概念となります。ある国際会議に招待されたブータンの代表は、‘じゃあどうやって幸福度を測るのか’聞かれと‘Smile’と答えたそうです。方法論はさておき、元英首相のアドバイザーも、政府のパフォーマンスは今後10年以内に、国民をどれだけ幸福にしたかで測られるだろうとも予測したようです。

以前どこかのドキュメンタリーで見ましたが、国民が幸せと感じている割合は、平均的には先進国と途上国の間であまり違いがないそうです。一方、物欲を断ち切った仏教僧の多くは幸せ度が高いという結果も出ていたと記憶しています。常に発展、進歩、開発、幸福とは何か自問することは大事ですね。

2008年1月10日木曜日

開発職と外交職

日本の政府援助機関の副総裁がシエラレオネにいらしています。国連大使など外務省での重用なポストをへて現在の仕事を最近からはじめられたそうです。昨晩国連機関と主要ドナーの代表者を招いたディナーに行ってきました(私のボスは皆まだ休暇中なので)。

家の近くのカントリー・ロッジというホテル内のレストランで7時からということでしたが、ちょっと遅れて7時半ごろに到着するともうほとんど集まっており、みなワインを片手に談笑しておりました。その後すぐに、席について食事をはじめましたが、副総裁がはじめの挨拶。非常にスピーチに慣れている(当たり前か)。

そして、皆そろそろワインがまわってきたところで、もう一度スピーチ、とおもいきや、歌を歌いだしました。シエラレオネにちなんだ替え唄など合計3曲。なかなか反応がいい。ある国の代表ものって一曲。非常に皆もなごんで、たのしく食事が終わりました。

なめらかなスピーチを含め、これは‘宴会芸’を超えた‘外交スキル’でしょう。こういったスキルは是非学ばなければ。開発援助の世界は、国際外交との接点がすごく大きいですが、開発業界でこれほどスムーズにゲストをウェルカム出来る人は、数える位しかあっていないような気がします。そういえば、東ティモールにいた時にも、ある友人のパーティーで、ある国の大使がいきなり演奏していたバンドにリクエストをして、テトゥン語(東ティモールの言葉)でティモールの歌を歌い大盛況だったことも思い出しました。

外交職と開発職の違いなのでしょうか。それとも個人の力量なのでしょうか。まだまだ学ぶことが多い、、、。

2008年1月7日月曜日

政権交代のダイナミズム

ご存じのようにシエラレオネでは、去年8-9月に行われたの大統領選挙の結果、紛争終了後初めての政権交代が民主的に行われました。先進国のように基盤のしっかりした官僚制が整っていないこともあり、新たなビジョンを打ちたてて当選した総人民会議党(APC)が基本的な政府実務の執行に加えて新たな改革イニシアティブを実行していくには相当の努力が必要です。

新政府就任から3か月以上が過ぎた今、新たに任命された大臣、副大臣全員とともに、今後3年間の国家戦略の優先事項を議論するリトリートが開催されようとしています。その中でも中心的役割を果たすのが、新しい大統領をサポートする戦略・政策委員会。これはたとえば英国の首相官邸内に居る様々なアドバイザーが果たしているような、非常に重要な役割を期待されています。シエラレオネ人で元国連のOBの数人がその委員会の中心アドバイザーとして名を連ねています。

我々も黒子に徹しながら、この委員会のバックアップを去年から行っており、他国の首相・大統領アドバイザリーシステムのリサーチや、新たな国家戦略のフレームワークづくりのプロセス、経営指標管理体制などに関する議論を進めてきています。

紛争後初めての政権交代。紛争以前の長期APC政権の是非はともかく、新たにカムバックした政党のメンバーとその取り巻きたちの意欲は非常に高い。できる限り質の高いサポートを続けていきたい。

2008年1月5日土曜日

シエラレオネでの生活

今回は少しかるめのテーマ、シエラレオネでの生活について書いてみます。去年の4月から住んでいるところは、ヒル・ステーションといて、フリータウンの中でも丘の上にあり、EUやアメリカ大使館がある地域です。標高が高いため、町中に比べると気温が数度低く、比較的過ごしやすい場所でもあります。

家自体は、3階建ての大きな建物の3階におり、大きなバルコニーからは海が見え、夕方には日没もきれいに見えます。2階には、特別法廷で働くアメリカ人の女性が住んでおります。一階は日当たりがあまりよくないためか、まだ誰も住んでいません。日中は1人、夜間は2人のセキュリティーガードがおり、また、ソーリーという名の何でも屋の青年がコンパウンドに住んでおり、発電機が壊れたときの対応などをしてくれています。

典型的な平日は、こんな感じです。

7時起床。シャワーを浴びて、アフリカ産コーヒーと地元のパンを食べる。コーヒーは、シエラレオネ産と、ケニア産のどちらかを飲むことが多い。シエラレオネ産のコーヒーは、ローストしていないものを買ったので、オーブンでローストしてマシーンでグラインドしてから飲む。写真はロースト前のシエラレオネ産コーヒー豆。







ここのパンは結構食べれます。通りで頭の上に載せて売っているパンは、すぐに乾燥して硬くなってしまいますが、グローバル・ベーカリーという店のパンは小麦粉もたっぷり使っているようで、なかなかいけます。ひとつ100円位。








8時ちょうどにオフィスの運転手、ヘンリーが家まで迎えにきてくれます。8時20分ごろにオフィスに到着。ミーティングをしたり、メールを返したりしている間にあっという間にお昼になります。

ランチに何を食べるかというと、実はあまりオプションはありません。オプション1:オフィスの簡易食堂でシエラレオネ料理を食べる;オプション2:レバノン人が経営する隣の‘バシャ’というパン屋でシャワルマという中東系のサンドイッチを食べる;オプション3:車で5分ほどのレストランで、サンドイッチを食べる。とまあこのくらい。以前はよくオフィスの食堂で食べていましたが、最近は飽きて、もっぱらバシャで食べてます。





午後も知らないうちに時間が過ぎ、7時ごろにはヘンリーに家に送ってもらいます。家につくと、たいていエバが晩御飯の準備をしております。よく食べるメニューは、魚料理(ビーチ沿いで、鯛、バラクーダ、ロブスター、海老などの新鮮な魚介類が手に入る)。牛肉や豚肉などは海外からの輸入がほとんどで、あまり新鮮ではないのでほとんど食べません。とはいえ先日はとても肉が食べたくなったので、ニュージーランドから輸入されたロースト・ラムを食べましたが、、。ほとんど毎食料理が残るので、セキュリティーとソーリーにおすそ分けをする習慣になってます。大体遅くても12時ごろまでには寝ます。




週末は、ビーチに行く人も多いのですが、数回いくと私はもう飽きてしまいました。結局することといえば、家で仕事を数時間して、愛車Rav4(ギニア人経営の中古車屋で80万円位で購入)で、国連の免税店とでもいうのか、PXという店に行って次週の食糧とワインを買いだめする位でしょうか。あとは運動不足解消のため、夕方頃には近くのホテル、カントリーロッジのジムで汗を流します。







時にはビーチで買った魚を裏庭で燻製にして食べています。燻製にする方法も魚を売っている女性たちに聞いて、簡易燻製機とでもいうものを組立、3-4時間ほどかけて魚を焙ります。これが結構スモーキーな味がついておいしく食べれます。

レストランも数えきれないほどあり、ショッピングモールが乱立するインドネシアのジャカルタ時代と比べるとかなり簡素な生活を送っています。以前いた東ティモールの生活に近い感じがします。実はこのような生活は結構気にいっており、発展途上国の現実を間近に見ることができ、開発に関わる者としては非常にいい勉強になります。また近いうちに身の周りにいるシエラレオネ人達の生活についても書いてみたいと思います。

2008年1月1日火曜日

2008年にむけて


明けましておめでとうございます。もう2008年ですね。シエラレオネに赴任して、9ヶ月が経ちました。早いものです。

去年のシエラレオネでの目玉は何といっても大統領・議会選挙が無事行われ、紛争後初めて政権が交代したことでしょう。また、平和構築基金の7つのプロジェクトが開始し、選挙にも貢献しました。その他、個人的にも、基本的な国の状況、チャレンジが少しずつわかり始めてきたというところでしょうか。

今年2008年は、政府にとっても、援助機関にとってもさらに大変な年になりそうです。2007年度のUNDP人間開発報告書では、177カ国中最下位にランクされるなど、まだまだ課題が山積みです。7月には、中央選挙よりもマネージが難しいとされる地方選挙が予定されています。新しいく政権を担う、総人民会議(APC)もベースラインが低いなか、目に見える結果を出し始めなくてはいけません。そのためにも、UNDPとして、政府を十分サポートできる基盤をさらに強化する必要があります。

明日は仕事はじめです。今年もがんばりましょう!

2007年12月31日月曜日

新たな概念? Early Recovery - ‘初期の復旧’

ちょっと前の話ですが、11月終わりにジュネーブで行われた危機予防と復興局が主催のワークショップに呼んでもらいました。ワークショップの目的は、UNDPとしてのEarly Recoveryの政策づくりです。また新しい用語が出てきましたが、Early Recovery とは何でしょうか?

少し背景を説明してみましょう。UNDPの大部分の活動は、中長期開発戦略を政府と一緒につくったり、行政府、立法府、司法といった国家の柱を強化したり、環境政策をつくったりという仕事です。ところが、インド洋での津波、そしてその後のパキスタンでの地震など、超大規模の自然災害がここ数年頻繁に起こりました。ここで問題になったのが、この問題-‘災害や紛争直後、人道援助機関が食糧を配布したり、シェルターを確保しているあいだ、UNDPなどの中長期的開発を対象にしている機関が何をすべきか’ということ。

で、その答えを見つけ出そうというなかで、新たに出てきたのがこの初期の復興という概念。定義はこれ:
  • Early recovery is a multidimensional process of recovery that begins in a humanitarian setting. It is guided by development principles that seek to build on humanitarian programmes and to catalyse sustainable development opportunities. It aims to generate self-sustaining, nationally owned, resilient processes for post-crisis recovery. It encompasses livelihoods, shelter, governance, security & rule of law, environment and social dimensions, including the reintegration of displaced populations.

あまりよくわかりませんが(実際この定義をめぐって今でもいろいろな議論が起こっています)個人的な理解では、中長期的開発援助のいいところ(持続可能性)を人道支援が行われている間から活かして中長期的な要素をもった活動を開始し、かつ中長期的計画をたてて、人道支援が終わる前から持続的な支援へのギアに変換しましょうということでしょうか。Early とついているからには、ただの復旧とは差別をつけたいようです。紛争や災害後の18か月を目安に初期とそうでない復旧を区別しようとしているようです。

ではUNDPが具体的に何をするのか?これについてワークショップではさんざん議論をしましたが、今のところ以下のようなことをすべきだということに落ち着いています。

  • ‘初期の復旧’というクラスターを、人道的クラスター(住居、水、食糧など)と並行でつくり、他の機関をコーディネートする
  • 中央政府が危機に対応できるような支援をする(人道支援機関は政府のキャパシティーを強化することよりも、被害者を救済することに優先順位があるからでしょうか)
  • 地方政府が危機を調整できるような支援をする(同上)
  • コミュニティー開発の原理を導入し、被害を受けた地域の復興を助ける
  • 紛争解決(これは例えば、出生証明や土地の権利書がなくなった場合などに対する対処)
  • DDR
  • 基本インフラの修復(小規模の道路復旧、水道官をつなげ直すなど)
  • 短期的雇用創出(災害地にある瓦礫をきれいにすれば日給をいくらあげるなど)
  • 中長期的戦略づくり

さて、このリストをざっと見て考えてみてほしいのですが、この‘初期の復旧’とは新しい概念としての意義がどれほどあるのでしょうか。Reconstruction, recovery, rehabilitation, peacebuilding などなど昨今多くの概念が生まれています。新しい概念を作るのもいいですが、この辺で関係のある既存の概念を整理する必要があるのかもしれませんね。どうでしょうか、、、?

2007年12月30日日曜日

交渉スキル

日々の仕事でよく感じていることが、交渉スキルの必要性。政府とプロジェクトの管理体制について、組織内部でリソースアロケーションについて、短期コンサルタントとフィーについて、スタッフと仕事のデッドラインについてなどなど、日々様々なレベルで何らかの‘交渉’にかかわることが多いのです。これは公共分野でもビジネスの世界でも同じで、事実エキュゼクティブを対象とした交渉スキル育成のコースは山ほどありますよね。

UNDPでは、人材教育に対する投資を増加させており、Virtual Development Academyという、オンラインのコースを充実させてきています。またこの交渉スキルの分野での人材育成の必要性を感じて、数年前からハーバード大・MITが共同で開発したパブリック・ディスピュート・プログラムと共同でオンラインのコースを提供し始めました。私もどんなもんかなと思って受講してみました。

このコースは、3か月のコースで、以下のモジュールからなりたっています。
  • Module 1: Introduction
  • Module 2: Preparation for Negotiation
  • Module 3: Techniques of Value Creation
  • Module 4: Techniques of Value Distribution
  • Module 5: Implementation and Follow-Up
  • Module 6: Multi-Stakeholder Consensus Building
  • Final Exam
内容的には要するに、
  • 交渉に備えて、関係者が交渉の場で要求しているもの(ポジション)ではなく、ちゃんと各関係者の本当に欲しているもの(インタレスト)を理解しなさい
  • 自分自身を含めたすべての関係者の‘譲ってもいい最低限のライン’をはっきり理解しなさい
  • 交渉中には、各関係者の利害の理解にもとづき、皆の利害の合計が増大(このコースではバリュー創出と呼んでいる)するようなオプションを考えなさい
  • その後、利害を分ける際(バリュー配分)、インタレストに応じて配分しなさい
  • 交渉自体に利害がない、第三者を入れて、交渉のファシリテーションをさせるといいですよ

といったことを教えています。

各モジュールで、コースワークがあり(現実に自分が関係した交渉の例を挙げながら3つの質問に答える)2人のインストラクターが、20人ほどの受講者を担当し、コースワークの採点をし、コメントを返してくれるという非常にシンプルなもの。コースワーク自体は実は結構大変で、私も毎週末3-4時間を割いてコースワークを消化していました。ついに先週全コースを終え、最終試験もパスし、晴れて交渉スキルコースの修了証をもらうことになっています。

修了証はいいけれど、いったい何を学んだのだろうかと少し考えてみました。結論は、この概念を今後の実際の交渉で実行してみて、自分の体で学んだことを消化するまでは学習は終わっていないということ。つまり、上にあげた内容は、必ずしも‘うーん、目からうろこが落ちた!’というほどのものではないですが、実際の交渉で意識的にこれらの概念を実行することが一番難しい点でしょう。このようなことを考えていると、次のことを思い出しました。

私は若かりし頃、民間のあるコンサルティング会社で働いていたことがありますが、入社した直後のトレーニングで、様々な‘問題解決法’なるものを教え込まれたわけです。どんなことを教えられるかというと、

  • 会社の課題をまずはしっかり理解せよ。
  • 課題が分ったら、その課題を分析し(イシュー・アナリシス)、原因を分解せよ。
  • そして打ち手のオプションを洗い出し、最も効果的な打ち手を具体的に描き、その実行プランをつくれ。
といったもの。まあ実はもっといろいろなテクニックがあるわけですが、要するにこんな感じなわけです。誰が読んでも、そんなこと常識ちゃうのと思うでしょうが、これを実際に会社が直面している問題にたいして、アプライするのが簡単ではないのです。自分で、こんなこともうやっているよ、と思っていても、やり方が甘かったりすることが多いのです。

というわけで、「頭では理解していても実行は難しい」という自分で学んだことが、この交渉スキルコースの学習にも当てはまるはずだと思ってます。よって、今後は学んだことを、意識的に実行するということが大事。精進精進、、、。

2007年12月29日土曜日

HIV・AIDSのガバナンス


今まで、HIV/AIDSについてちゃんと勉強をしたことも、仕事をしたこともなかったのですが、シエラ・レオネに来て、上司から新しいHIV/AIDSに関するポートフォリオを立ち上げてくれと言われ、この新しいテーマにしばらく取り組んでいます。ちなみに、シエラレオネはHIV/AIDSの感染率が1.5%とまだ低いとはいえ、国境を接したリベリアやギニアでは感染率がずっと高く、これらの隣国との間での人の流動が大きいので、ここでしっかり対策を打たなければ感染率が増加するといわれています。

このHIV/AIDSの分野は、おそらく開発業界でも一番多くの機関が絡んでいるところで、ユニセフ、WHO、UNAIDS、UNFPA、世銀などなどが独自の分野でそれぞれの仕事をしています。これにNGOなどを加えるとおそらく各国で最低10機関がHIV/AIDSに関する何らかの仕事をしていることになります。

それほど多くの機関がこの分野で仕事を仕事をしていることもあり、3っつのOne (Three Ones)という原則がドナーと政府の間で合意されたほどです。これは各国で一つのHIV/AIDS国家戦略をもち、一つの国家調整機関のもと、一つのモニタリング・評価システムを持つ、というHIV/AIDSの分野での援助の効率性を向上させる原則です。

ではUNDPが介入する意義はなんでしょうか?公式見解としては、HIV/AIDS分野のガバナンス強化と、HIV/AIDSのイシューと戦略を貧困削減戦略文書(PRSP)に反映させるということになっています。この制限に基づいて、我々もシエラレオネの国家エイズ事務局とUNDPとしてどういった援助が可能か、過去半年ほど議論してきました。








そのうちの一つとして、各県ごとのHIV/AIDS Risk Indexなるものを作り、エイズ対策をより戦略的にしようというアイデアを温めてきました。今までは単に県ごとの感染率をトラックしているだけでしたが、それだけではなかなか戦略を立てにくいし、どの県に予算をより配分し、どのような支援をすべきかがあまりよくわかりません。また、2004年から地方分権が始まり、県政府のHIV/AIDS対策をとる能力強化が大きな課題となっていることもあり、以下3つを掛け合わせてインデックスを作ることを考えています。

  1. 感染率

  2. 県民のHIV/AIDSに関する知識

  3. 県政府のキャパシティー

14の県で最もリスクがある4つの県をハイリスク県、次の5つをミディアム・リスク、最後の5つをロー・リスクと分類し、それぞれ異なった対策を施そうというもの。国家エイズ事務局もこの案に結構乗り気になっており、次はメソドロジーを精査して実際にインデックスを計算してみることになっています。同時に、似たようなことをどこかの国で行ったかどうかを調査してみようと思っています。

アプローチ的には、経済指標で計っていた‘開発’の概念を、UNDPが保健・教育の視点を組み合わせ、人間開発指数として定義し直したり、企業のパフォーマンスを、従来利益やRoIで計っていたのを、バランス・スコアカードなどが教育への投資、内部プロセスの効率性、顧客の満足度を加えてより包括的にとらえなおしたことに通じるものがあると勝手に考えております。

自分でもなぜだか分りませんが、このような定量分析を、ガバナンスやパフォーマンス管理などのソフトな開発分野に持ち込むことには個人的に変な執念を抱いております。

2007年12月27日木曜日

平和構築と援助の効率性

援助の効率性(Aid Effectiveness) の議論は、ローマパリ宣言以来深化しています。今回は援助の効率性と平和構築との接点について簡単に見てみます。 OECDでも‘脆弱国家’における援助の効率性というテーマで研究を行っています。

結論的にいえば、援助の効率性の議論は、平和構築を行っている国で非常に重要だということ。それはなぜかというと、

  1. 紛争後の国では援助への依存度が、他の途上国に比べて高い。よって、国家のオーナーシップに影響を及ぼす。
  2. 特に人道支援が行われている場合には、多数のNGOが参入することもあり、政府として、どこで何がおこっているのかが把握しにくい。よって、いったいいくらのお金がどの分野に流れているのかが分らない。
  3. 紛争後の国では、紛争の影響で、会計制度や調達制度を含む国家のキャパシティ-が低く、ODAが政府のシステムで消化しにくい。 よって、ドナーがドナー独自のルールでプロジェクトを遂行することが多い(つまり、PIUが増加する)。
  4. とはいえ、援助を有効に使わなければ、紛争に逆戻りする可能性がある

シエラレオネでも、これらの問題が顕著に表れており、さらに、世界的な傾向である‘新興ドナー’(中国やナイジェリアなどの今まで開発援助では大きなプレーヤーではなかった国々で、OECDドナーの設立しようとするルールに必ずしもアラインしないことがある)の台頭もあり、援助を管理することが、結構大変なのです。

とはいえ、政府とドナー側も色々と手を打っているのも事実。11月にナイロビ行われた援助の効率性についてのUNDPのワークショップで、
シエラレオネ政府が行ったプレゼンを読んでみてください。

2007年12月26日水曜日

日本での休暇


今月12月の5日から18日まで、弟の結婚式に出席するために日本に休暇でかえっていました。今回の帰国を利用して、中学・高校や大学、大学院、以前の会社の友人らと久ぶりに会いました。また、東ティモール時代の上司である長谷川祐弘氏のゼミで、シエラ・レオネの話もしてきました。ちょっとそのことについて書いてみます。

法政大学の2-3年生が中心となった国際機構のクラスで、2-30人の生徒がいました。ICUや早稲田大学院からの学生も来ていました。余談ですが、先日、
東大・京大・慶大・早大の提携が報道されていましたが、私の学生時代とは変わったものですね。やはり国立大学法人制度の導入や、少子化、海外の大学との競争が激化しているからでしょうか。

さて、ゼミですが、シエラ・レオネと言っても、
Blood Diamondの映画のイメージが日本では強く、すぐダイヤモンドの話になりがちです。今回は、このような偏ったイメージを払拭するためにも、シエラ・レオネの簡単な歴史、政府の開発戦略、国連の支援戦略などの大きな話とともに具体的な国連の活動のイメージが湧くように、地元も魚屋(といっても数人の女性が浜辺で売っているだけですが、、)さんの話から、ドナーに頼りすぎの財政事情(国家の財源の55%がODA)、ガバナンスの分野のUNDPのプロジェクト例なども織り交ぜて話をしてみました。

90分のゼミで‘講義’を1時間ほど、ディスカッションを30分ほどということでしたが、私がかなり時間をオーバーしてしまい、あまりディスカッションの時間がありませんでした、、、。

ゼミの後には、学生からのフィードバックをいただきました。読んでみると、具体的な話を一番面白がってくれたようです。この学生の中から、将来一緒に仕事をする人が出てきてくれるといいですね。

2007年12月24日月曜日

平和構築とは、、、?

平和構築といわれて思い浮かぶものは何でしょうか?おそらく、元兵士の社会統合'DDR'がまず思いつくのではないでしょうか。また、移行期の正義(とでも訳すのでしょうか)といわれる、真実和解委員会や、特別法廷、難民保護、警察や軍隊などの保安セクターの改革が挙げられるでしょう。本当にこれだけでしょうか、、?ちょっと定義をみてみましょう。

  • 平和構築委員会:紛争から平和に至るまでに必要な支援の全て
  • ジョンズ・ホプキンス大:持続可能な平和に至る過程を支援することで、和解、制度・機構づくりや、政治的・経済的変化を起こすことを通じて、暴力が再発するのを防ぎ、紛争の根本的な原因と紛争が起こす影響に対処すること。

非常に漠然とした定義ですね。しかし、カギとなるのは、‘全て’とか‘過程’という言葉でしょうか。要は、最初に挙げたDDRなどの概念は平和構築の氷山の一角でしかないのです。平和構築とは、持続的開発を紛争後のコンテクストにもってきたものととらえるべきで、教育や保健、基本インフラ整備、ガバナンス、HIV・AIDS、環境保全、経済発展、雇用創出、といわれる所謂伝統的な‘開発’のコンポーネントなしには語れません。

図にするとこんな感じでしょうか



将来平和構築の分野で働きたいと思っている方々は、ぜひ広義の平和構築をよく理解して、包括的な視点から考えてみてくださいね。