2008年10月30日木曜日
2008年10月25日土曜日
2008年10月19日日曜日
2008年10月11日土曜日
関係の重要さ
しばらくして後任が発表されたが、これも何かと一緒に仕事を進めて来た人。彼の元で進めていた話が、さらに高いレベルでフォローアップ出来るので結果的には問題もなさそうだ。そして、今はそれ以外のプロジェクトについてのブリーフィングを進めているところだ。
どんな仕事でもそうだろうが、開発界での人間関係、特に受け入れ政府との関係構築は非常に重要だ。これがあるかないかでプロジェクトの進捗状況が左右されるし、少し無理を聞いてもらう時にも鍵になる。さらに重要な政府内の情報を電話で教えてくれたりもする。また、重要なポストを占める人自身だけではなく、その周りで実務を支える人との関係構築も重要。以前の事務所で、私の部署のアシスタントが、政府企画省のダイレクターのアシスタントと非常に関係がよく、多くのことがスムーズに流れたのをよく覚えている。私もさらに信頼関係を築いていきたい。
2008年10月9日木曜日
援助の効率性の議論について
アクラの援助の効率性に関するハイレベル・フォーラムが最近ガーナで開催され、援助の効率性に関する議論もまだ冷め止まない。援助の効率性という課題は、シエラレオネでも非常に重要な位置を占め、ドナーが集まるところでは必ずと言って議論で言及される。
最近思うのは、この議論は、やはり援助側が作りだした問題を解決しようとしているのではないかということ。私は生まれていなかったのであまり確信をもっては言えないが、例えば、戦後の日本の復興が、今のシエラレオネのように、何十ものドナーからサポートされ、それもバイやマルチや、PRSPやジェンダーや人権や紛争予防や様々な「条件」を付けられていたとすれば、あの様なスムーズな高度経済成長を迎えることが出来たのだろうか。
この国で様々な会議に参加して、シエラレオネ政府側からの開発政策指揮の難しさがだんだんと理解できるようになってきた気がする。シエラレオネ政府側が改善できることが多いのは確かだが、ドナー側が反省することも非常に多いはずだ。
最近思うのは、この議論は、やはり援助側が作りだした問題を解決しようとしているのではないかということ。私は生まれていなかったのであまり確信をもっては言えないが、例えば、戦後の日本の復興が、今のシエラレオネのように、何十ものドナーからサポートされ、それもバイやマルチや、PRSPやジェンダーや人権や紛争予防や様々な「条件」を付けられていたとすれば、あの様なスムーズな高度経済成長を迎えることが出来たのだろうか。
この国で様々な会議に参加して、シエラレオネ政府側からの開発政策指揮の難しさがだんだんと理解できるようになってきた気がする。シエラレオネ政府側が改善できることが多いのは確かだが、ドナー側が反省することも非常に多いはずだ。
2008年10月8日水曜日
友人の話
同僚の友人が、ここ最近悩んでいる。
彼は今NYの本部に勤務しているが、彼の妻が最近ジュネーブに勤務することが決まった。彼女はどうもNYがあまり好きでないらしく、ヨーロッパで仕事を探していた模様。しかしいったん彼女の職が決まると、別居するというオプションが受け入れにくくなった模様。
以前は彼の職場がNYということもあり、彼女が医者という職を休職してNYに一緒に引っ越しをして来た。しかし今回は、彼の方が、彼女に合わせるべきだというのがお互いの意見のよう。
だがジュネーブで職を探すといってもそれほど簡単にはいかない。幸い国連機関の本部が多くあるので国連関係の仕事を見つける可能性は低くないが、彼はそれほど楽観的でもなく、国連以外の職探しも考えていると言う。国際的カップルがプライベートと仕事を両立させるのは簡単ではない。
彼は今NYの本部に勤務しているが、彼の妻が最近ジュネーブに勤務することが決まった。彼女はどうもNYがあまり好きでないらしく、ヨーロッパで仕事を探していた模様。しかしいったん彼女の職が決まると、別居するというオプションが受け入れにくくなった模様。
以前は彼の職場がNYということもあり、彼女が医者という職を休職してNYに一緒に引っ越しをして来た。しかし今回は、彼の方が、彼女に合わせるべきだというのがお互いの意見のよう。
だがジュネーブで職を探すといってもそれほど簡単にはいかない。幸い国連機関の本部が多くあるので国連関係の仕事を見つける可能性は低くないが、彼はそれほど楽観的でもなく、国連以外の職探しも考えていると言う。国際的カップルがプライベートと仕事を両立させるのは簡単ではない。
2008年10月4日土曜日
国連における「手紙」
国連で仕事をする上で、結構手こずるのが「手紙」。いくらEメールが発達したとはいえ、公式にコミュニケーションをする場合には、手紙が使われる。最終プロジェクト文書の調印を促す時、本部からのえらいさんが出張でやってくると政府に伝える時、ドナーにレポートを送る時、政府からの支援要請の手紙に返信する時、内部での重要な決定事項をスタッフに伝える時などなど。 最初に「国連の」手紙を書かされたのは、もう5年以上前にもなるが、最初は上司の「赤ペン」が入りまくり、何度も何度も書き直された。以前働いた会社では要件を簡潔に伝えることを訓練されていたため、手紙の内容を「ふくらませる」ことにはかなり手こずった。同僚に見てもらっても、もっとFlower upしろと言われ、途方に暮れたのを覚えている。
さらに、上司によって少しずつスタイルが違う。感覚では、よりシニアで国連経験が長い人は非常に細部にまで気をつかう。2年ほどで大分手紙に慣れてきたところで、新しく働くことになったスウェーデン人の駐在調整官に手紙のドラフトを見せたところ、真っ赤になって帰ってきた。彼は手紙には特に厳しく、何度も書き直された。私がこのオフィスを去る直前に、ある非常に長い手紙を書いてくれと彼に言われ、気合を入れて書いた手紙が、一語も修正されずにサインされた時は、自然にガッツポーズがでた。
最近はさすがに手紙に慣れて、同僚の手紙を修正したりする役割が多くなった。ところが、ここ最近シエラレオネにやってきたベテランの臨時駐在代表に、私が書いた手紙がとことん修正されている。いつになったら修正なしの手紙が書けるようになるだろうか。
2008年10月1日水曜日
2008年9月28日日曜日
2008年9月21日日曜日
日々の小さな困難
先週本部のアフリカ局から一人フリータウンに出張にくるので、スタッフに空港でのピックアップと、フリータウンまでの国連ヘリコプターの予約、そして、車の用意とホテルの予約を頼んだ。以前の出張で、手配がうまくいかなかったので、今回は担当のスタッフに何度も何度も電話をし、確認をとった。飛行機が到着する時間あたりに、別の同僚が電話をかけてきて、「彼女のホテルの予約がキャンセルされたと聞いた」という。おかしいなと思い、担当のスタッフに電話をかけて念を押すと、「大丈夫だ。今もホテルに電話をして再確認した」という。さらにドライバーを直接ホテルまで行かせてフロントで確認をしたというので、大丈夫だろうと考えた。
さて、本部の同僚が空港に着き、国連ヘリコプターまで行くと、彼女の名前がリストに無いという。すぐに担当者にまた電話すると、そんなはずはない、UNIOSILの担当官が昨日確認をしてくれたという。その場で色々話したが、結局、国連ヘリには乗れず、別の手段でフリータウンまでやってきた。そして、ドライバーがピックアップして、予約したホテルまで行くと、予約が入っていない!この時点で、この同僚がキレて電話をかけてきた。平謝りし、担当者にその晩10度目の電話をかけたが、彼女はもうピックアップしない。SMSを入れても返事がない。次の日にオフィスまで呼んで、一つ一つのステップを復習し、どこに落ち度があったか検証をした。この後も同じ同僚のロジ関係で、色々と出来事が起こるのだが、どうもこの国に来てから、こういったトラブル対応で費やす時間が恐ろしく長い。
しかし、これも現実。こういった中で、忍耐強くいかに効率的に仕事をこなすかが鍵になるのだろう。
2008年9月20日土曜日
日本名をもつシエラレオネ人(その2)
体調が悪いようで、病院に連れて行きたいと言うので、病院代を渡した。もう回復しただろうか。
2008年9月16日火曜日
経験の密度
国連機関で働いていると、よく耳にするのが、「経験」。私は20年の国連経験があるとか、15年のフィールド経験とか、このポジションに応募するには、x年の経験が必要だとか。ここで当然評価されているのが、経験の長さであって、12年の経験は、10年に勝るということが前提とされている。言い換えれば、経験の長さと、組織・開発に対する貢献度ポテンシャルは正比例するということが前提とされている。
これが暗黙の了解事項とされると、当然、年齢の高さというものが人事において大きな判断基準となる。今日も、オフィスでこのような会話があった。ある先進国の首相のアドバイザーチームの中核を担っていた一人が、最近から今この国の高官の支援をコーディネートしているが、この人が結構若い。30代半ば程。30代半ばと言えば、国連の階層では、年齢的に、まだぺーぺーである。この人にどのようなスキルがあろうとも、ぺーぺー扱いを受ける。この「年功序列文化」は、当然途上国政府にも存在し、あの若造に何ができるという態度であしらわれる。
これが暗黙の了解事項とされると、当然、年齢の高さというものが人事において大きな判断基準となる。今日も、オフィスでこのような会話があった。ある先進国の首相のアドバイザーチームの中核を担っていた一人が、最近から今この国の高官の支援をコーディネートしているが、この人が結構若い。30代半ば程。30代半ばと言えば、国連の階層では、年齢的に、まだぺーぺーである。この人にどのようなスキルがあろうとも、ぺーぺー扱いを受ける。この「年功序列文化」は、当然途上国政府にも存在し、あの若造に何ができるという態度であしらわれる。
私個人的に年功序列文化には未だあまりなじめいが、「経験」はばかにならないと最近思うようになっている。過去数年間を振り帰っても、色々な困難な状況に直面し、そこから学んだことは多いと思う。また、最近何人かの非常に経験豊富な(お年を召した)人と働く機会があったが、その方々の経験値からくる仕事の仕方に関心をすることもたたあった。
一方、民間では20代で大企業のパートナーとしてフォーチュン500企業をクライアントにしたり、事業を起こして大成功している人々達が存在するのも確か。この違いは経験の「密度」からくるのではないか。同じ1年でも、大きな権限を与えられ、大きなプレッシャーのもとで働く1年と、書類のコピーばかりさせれれる1年は大きな違いがある。若いからと言って権限を与えないと、その人材も伸びず、結局組織としても「損」をするのだろう。若い時から自立をし、事業を興す人などは、その密度の濃い経験から、飛躍的な成長をするのだろう。
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