今週は結構忙しかったので、疲れが溜まっている。今日朝起きてもまだ疲れが残っているので、1時間半ほど昼寝をしてみた。
昼寝とは何といいものか。出来れば毎日でもしたい。
2008年9月21日日曜日
日々の小さな困難
先週本部のアフリカ局から一人フリータウンに出張にくるので、スタッフに空港でのピックアップと、フリータウンまでの国連ヘリコプターの予約、そして、車の用意とホテルの予約を頼んだ。以前の出張で、手配がうまくいかなかったので、今回は担当のスタッフに何度も何度も電話をし、確認をとった。飛行機が到着する時間あたりに、別の同僚が電話をかけてきて、「彼女のホテルの予約がキャンセルされたと聞いた」という。おかしいなと思い、担当のスタッフに電話をかけて念を押すと、「大丈夫だ。今もホテルに電話をして再確認した」という。さらにドライバーを直接ホテルまで行かせてフロントで確認をしたというので、大丈夫だろうと考えた。
さて、本部の同僚が空港に着き、国連ヘリコプターまで行くと、彼女の名前がリストに無いという。すぐに担当者にまた電話すると、そんなはずはない、UNIOSILの担当官が昨日確認をしてくれたという。その場で色々話したが、結局、国連ヘリには乗れず、別の手段でフリータウンまでやってきた。そして、ドライバーがピックアップして、予約したホテルまで行くと、予約が入っていない!この時点で、この同僚がキレて電話をかけてきた。平謝りし、担当者にその晩10度目の電話をかけたが、彼女はもうピックアップしない。SMSを入れても返事がない。次の日にオフィスまで呼んで、一つ一つのステップを復習し、どこに落ち度があったか検証をした。この後も同じ同僚のロジ関係で、色々と出来事が起こるのだが、どうもこの国に来てから、こういったトラブル対応で費やす時間が恐ろしく長い。
しかし、これも現実。こういった中で、忍耐強くいかに効率的に仕事をこなすかが鍵になるのだろう。
2008年9月20日土曜日
日本名をもつシエラレオネ人(その2)
体調が悪いようで、病院に連れて行きたいと言うので、病院代を渡した。もう回復しただろうか。
2008年9月16日火曜日
経験の密度
国連機関で働いていると、よく耳にするのが、「経験」。私は20年の国連経験があるとか、15年のフィールド経験とか、このポジションに応募するには、x年の経験が必要だとか。ここで当然評価されているのが、経験の長さであって、12年の経験は、10年に勝るということが前提とされている。言い換えれば、経験の長さと、組織・開発に対する貢献度ポテンシャルは正比例するということが前提とされている。
これが暗黙の了解事項とされると、当然、年齢の高さというものが人事において大きな判断基準となる。今日も、オフィスでこのような会話があった。ある先進国の首相のアドバイザーチームの中核を担っていた一人が、最近から今この国の高官の支援をコーディネートしているが、この人が結構若い。30代半ば程。30代半ばと言えば、国連の階層では、年齢的に、まだぺーぺーである。この人にどのようなスキルがあろうとも、ぺーぺー扱いを受ける。この「年功序列文化」は、当然途上国政府にも存在し、あの若造に何ができるという態度であしらわれる。
これが暗黙の了解事項とされると、当然、年齢の高さというものが人事において大きな判断基準となる。今日も、オフィスでこのような会話があった。ある先進国の首相のアドバイザーチームの中核を担っていた一人が、最近から今この国の高官の支援をコーディネートしているが、この人が結構若い。30代半ば程。30代半ばと言えば、国連の階層では、年齢的に、まだぺーぺーである。この人にどのようなスキルがあろうとも、ぺーぺー扱いを受ける。この「年功序列文化」は、当然途上国政府にも存在し、あの若造に何ができるという態度であしらわれる。
私個人的に年功序列文化には未だあまりなじめいが、「経験」はばかにならないと最近思うようになっている。過去数年間を振り帰っても、色々な困難な状況に直面し、そこから学んだことは多いと思う。また、最近何人かの非常に経験豊富な(お年を召した)人と働く機会があったが、その方々の経験値からくる仕事の仕方に関心をすることもたたあった。
一方、民間では20代で大企業のパートナーとしてフォーチュン500企業をクライアントにしたり、事業を起こして大成功している人々達が存在するのも確か。この違いは経験の「密度」からくるのではないか。同じ1年でも、大きな権限を与えられ、大きなプレッシャーのもとで働く1年と、書類のコピーばかりさせれれる1年は大きな違いがある。若いからと言って権限を与えないと、その人材も伸びず、結局組織としても「損」をするのだろう。若い時から自立をし、事業を興す人などは、その密度の濃い経験から、飛躍的な成長をするのだろう。
2008年9月13日土曜日
「開かれた政府プロジェクト」始動
昨日今日と、以前も書いた「開かれた政府プロジェクト」の一環で、大統領がボンバリ県を訪問し、地元の人々と対話をする最初のアクティビティーが行われた。地元民との直接の対話を促進し、政府の説明責任を強化するこのプロジェクトの最初の活動は、地元の新聞でも取り上げられている様子だ。また、この国で最もカバレッジの広いラジオを使ってこの対話の状況を放送する。さらに、携帯電話メッセージを使った意見交換も組み合わせる。 最近からこのプロジェクトを担当し、大統領府のチームに同行した日本人JPOのS氏によれば、なかなかうまくいったとのこと。大統領自身が、この県で政府の担当する農業プロジェクトを前日の視察したこともあり、今日の地元民との対話は、農業関係の質疑応答が多かったらしい。一方、途上国ではよくある、政府高官による「挨拶」が多すぎ、実際の議論の時間が少なかったことが反省点として挙げられた。
政府の最も大事な役割の一つは、公共サービスを国民に提供すること。国政のトップに立つ大統領自身が、常に国民の直面する現実をしっかりと理解することは、その第一歩につながるはずだ。
2008年9月9日火曜日
人材不足について
仕事が終わって家に帰ってきて、BBCを見ていたら、イギリスの移民法の改正についてのニュースが流れていた。そもそも、ヨーロッパ経済圏の30カ国以外からのイギリスへの移民を減少させる狙いらしいが、その一環でどういった人材がイギリスに不足しているかという以下のリストも出てきた。
- Consultants and specialist nurses
- Some engineering jobs, including chemical and civil engineers
- Quantity surveyors
- Maths and English teachers
- Ship and hovercraft officers
- Veterinary surgeons
- Sheep shearers
- Jockeys and horse trainers
見てみれば、まあ、国民の大多数が選ぶ(選べる)ような仕事ではなさそうだ。例えば、一番トップの専門的看護師などは、フィリピンなどの国からの移民に頼っていると言っていた。(しかし、英語の先生がイギリスで不足している場合、どこから引っ張ってくるべきなのだろう?)
この改定法が施行された場合、これらの仕事に着く人がヨーロッパ内からの移民に限ることで、結果的に労働コストが上昇することが見込まれているという。ヨーロッパとしてのアイデンティティーの保持の方が労働コストを抑えることよりも重要だと考えているということか。
一方シエラレオネでは、以前も書いたように、頭脳流出を止めるため、海外に在住するシエラレオネ人の人材を国に呼び戻す努力が続いている。同じ人材不足という切り口だが、国の直面する状況の違いにより、当然対応も異なってくる。
2008年9月7日日曜日
2008年9月4日木曜日
国際機関の「顧客」と「株主」
一方、国連の開発援助はどうか。クライアントに当たるのは、受け入れ政府、しいては受け入れ国の国民。そして、大株主に当たるのは、先進国政府(そして、ガバニング・ボードの国々)。彼らの政府開発援助の資金によって、クライアントに対するサービスが提供される。二つのビジネスモデルで大きく異なることは、国連のビジネスモデルの場合、クライアントがサービスに対する対価を払わない(払えない)ということ。この一つの違いで、民間と、国連のビジネスモデルのダイナミクスが大きく変わってくると思う。
国連モデルでクライアントがサービスに対価を払わないということは、いくらクライアントの利益を第一に考えると建前があっても、資金繰りの問題がいつも脳裏に残り、お金を潤滑に得るためには、時として資金源としての先進国の利益や考えを大きな要素として扱わなければいけない。同じ理由で、ドナーからの資金を運用する立場にある国連機関は、クライアントである受け入れ政府・国民に対し、金銭的に有利な立場に立つという政治力学が生まれる。
国連として、多くの内部改革が行われ、それなりの成功を収めているが、この根本的なビジネスモデルを理解しなければ、なぜ国連という機関が、今のように動いているのかを理解することが難しいのかも知れない。民間のモデルを国連に適用するといことは、大いに可能で、実際に多くの成功性があるが、この基本的は差異を理解することにより、民間モデルの可能性と限界が分かるのかも知れない。
2008年9月2日火曜日
この時期に車を運転するということ
今は雨季の真っただ中。今日、帰路を車で走っていたが、非常に危険を感じる。
まず、雨が降っているので、ただでさえ前が見えにくい。さらに、街灯がないので、道が見えない。歩道もないので、歩行者が道路を歩いているが、これも見えない。よって皆もちろんハイビーム。このため、さらに道が見えにくい。そして、車のACがないので(中古で買った時にはACが付いておらず、取り付けに約10万円かかると言われ断念)、窓ガラスが曇る。雨が降っているので、窓も開けられず、さらに曇る。
同時に、道で走っているタクシーはサインも出さず急に停止するし、道路は穴だらけなので穴を避けようと、両方向の車が予想できないところでアクロバティックな動きをする。私の住む家は丘の上にあり、上に行けばいくほど霧が濃くなる。
少なくともシートベルトはしっかりして、ゆっくりと運転するように気をつけている。
まず、雨が降っているので、ただでさえ前が見えにくい。さらに、街灯がないので、道が見えない。歩道もないので、歩行者が道路を歩いているが、これも見えない。よって皆もちろんハイビーム。このため、さらに道が見えにくい。そして、車のACがないので(中古で買った時にはACが付いておらず、取り付けに約10万円かかると言われ断念)、窓ガラスが曇る。雨が降っているので、窓も開けられず、さらに曇る。
同時に、道で走っているタクシーはサインも出さず急に停止するし、道路は穴だらけなので穴を避けようと、両方向の車が予想できないところでアクロバティックな動きをする。私の住む家は丘の上にあり、上に行けばいくほど霧が濃くなる。
少なくともシートベルトはしっかりして、ゆっくりと運転するように気をつけている。
2008年8月31日日曜日
フリータウンの見どころとは
ロンドン時代からの友人で、現在中国の上海で仕事をするTが今月の末にフリータウンに休暇で遊びに来るかも知れないと連絡があった。しばらく会っていないので(最後に会ったのがいつだったか思い出せない)、非常に楽しみだが、フリータウンの見どころが何かと聞かれ少し困った。今まで友人が外から遊びに来て連れて行ったところは、市内の中心から車で50分ほどにあるビーチとイタリアレストラン。あとはチンパンジー園(←)。家から車で30分くらいのところ。それ以外は、家や近くのレストランでごはんを一緒に食べるくらい。
しかし、よく考えてみれば、特に用意された見どころは必要ないのかもしれない。アフリカが初めての人にとっては、普通の町並みや人、市場や地元の料理などを見ることだけで目新しいのかもしれない。私自身も初めて訪れる国では、そういったものを見ているだけで面白い。
2008年8月30日土曜日
Chasing the Flame - 戦火を追いかけて
サマンサ・パワー氏の近著、Chasing the Flameを読んだ。レバノン、ボスニア、コソヴォ、カンボジア、東ティモールなどの最前線の国で国連職員として30年以上働き、2003年8月19日に、イラクの国連オフィスで、自爆弾によって死亡した、セルジオ・デメロ氏の政治的伝記だ。脚注を含め600ページにもなる大著。莫大な量の資料と、多くのインタビューによる緻密なリサーチを元にし、非常に臨場感がある。前国連事務総長、コフィ・アナンの伝記、The Best Intentionsと比べても各段によく書けているだろう。ケニアからフリータウンに戻る飛行機内で、ほぼノンストップに9時間読み続けた。デメロ氏の人間的なチャームと外交スキルについては、国連内での評判は噂程度には聞いたことがあった。特に、私が東ティモールで仕事を始めたのは彼が去った直後の2002年8月だったが、すでに多くの同僚が彼を懐かしがっていたのを覚えている。本の中で出てくるあるアメリカ人外交官によると、デメロ氏は「国連だけではなく、国際外交界の中で最も優れた人材」で、「国連がどのように存在でき、どうあるべきかを体現している人物」だったという。 (P402)
体に「国連色の青い血」が流れると言われるほどの国連の「信者」で、いつも国連憲章を持ち歩いた。常にフィールドを活動の拠点とし、国連の後輩たちには「常にフィールドで仕事をしろ。それしかない。私はそうして働いてきた。現場にいることに意味がある。それ以外は全く重要でない」とアドバイスをする。(P222) 「人権を侵害」したクメール・ルージュや、セルビア政府の高官と近づきすぎと言われながらも、彼らを巻き込まなければ平和は達成されないと信じ、積極的に交渉を持ちかける。
なぜ私自身、この世界に入り込んだのかを再確認させてもらった。是非日本語訳が出て、日本の多くの人に読まれるとを願う。
2008年8月28日木曜日
ケニアのサファリでかんがえた
一週間のサファリ旅行を終えて今日シエラレオネに帰ってきた。これほどの動物(しかも野生の)を見たのは今までで初めて。そもそも、ライオンなどを見たのも、小学校時代に行った動物園以来か。
シエラレオネと比べるのもどうかと思うが、最近の政治状況を差し引いても、ケニアはかなり進んでいると感じた。15年くらいたっても、シエラレオネがこれほどの状態にまで持っていくのは難しいのではないか。道路などはかなり整備されているし、スーパーマーケットの品揃えも多いし、そこに来ていた客だけで判断しても、車を所有するミドルクラスの数がかなり多そう。旅行を手配してくれた業者のスタッフの対応、泊まったホテルでのスタッフの対応など、シエラレオネでは考えられないレベル。
さて、サファリだが、大自然を満喫した一方、少し罪悪感を感じることとなった。マサイ族の村と称する場所で運転手が車を止め、25ドル払って、マサイ族のダンスや生活ぶりを鑑賞するというアクティビティーがあったが、彼らの「やらされている感」を強く感じた。オーストラリアのアボリジニ地域を訪ねた時とよく似た感覚。また、マサイマラ国立公園では、公共の電気が通っていないらしく、よってホテルでは発電機をじゃんじゃん稼働させる。以前、個人レベルでのCO2排出量について書いたことがあるが、このサファリ観光産業関係で、どれだけのCO2 このをきれいな大自然に排出しているかと思うと少しぞっとする。また、サファリ観光の一貫でバルーンに乗って(朝4時半起き、、)サファリ内を1時間飛行したが、これも当然かなりのガスを使ってバルーンを飛ばしている。
次に行ったナクル湖国立公園で、フラミンゴを見ることとなる。ピンクのフラミンゴが無数に並ぶ風景は、この上なく美しく、非常に感動していたが、どうも湖の水位が低そうなので、ガイドに聞いてみると、ここ最近、水がかなり減ってきて、湖のサイズが小さくなってきていると言う。不勉強なので、原因が何かは分からないが、アル・ゴアの「不都合な真実」を思い出させる。
とはいえ、罪悪感に苛まれただけの休暇ではもちろんない。生物の多様性、食物連鎖、生物の進化、そして人間の環境に与える影響などを素直に考えるいい機会であり、シエラレオネでは食べられないものも食べたし(Sarova Stanleyホテルのタイレストランはお勧め)、よく睡眠もとれたし、ずっと読みたかった本も読めた。
さて、たまったE-mailの処理を始めよう、、、。
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